JR常磐線、2020年春に全線開通へ
[1]名無しさん
03/02 02:16
東日本大震災以降、一部区間の運行が再開していないJR常磐線の全線開通が2020年春になることが分かった。近く、安倍首相が表明する。

 東京・上野と仙台を結ぶJR常磐線は、東日本大震災以降、福島県内の一部区間で運行が再開していない。このうち、唯一再開時期が決まっていなかった富岡駅から浪江駅までの区間について、除染が進んだことなどから2020年春に開通させることになったもの。

 安倍首相が今月5日に福島県を訪問し、表明する。常磐線全線の運行再開のメドが立つことで福島県沿岸部の復興の加速化が期待される。

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[2]名無しさん
03/02 02:18
2015.3.10 21:14更新

JR常磐線、順次再開へ 原発付近も安全確保後に

 国土交通省は10日、東京電力福島第1原発事故の影響で不通が続く福島県内のJR常磐線原ノ町(南相馬市)−竜田(楢葉町)の46キロ区間について、原発に近い浪江(浪江町)−富岡(富岡町)を除き、平成30年までに順次再開させる方針を示した。浪江−富岡でも安全確保策が完了したあと再開させる。

 東日本大震災以降、同区間を含め一部で不通となっている常磐線は震災から4年の節目を前に全線で再開の見通しが立ち、復興の加速が期待される。国交省によると、再開の時期は原ノ町−小高(おだか)(南相馬市)が28年春まで、小高−浪江が遅くとも29年、竜田−富岡が30年まで、となっている。

 再開時期が未定の浪江−富岡は、放射線量の高い地域もあるため、除染や異常時の利用者の安全確保対策が完了したあとに再開させる。

 原ノ町−竜田区間については、国交省がJR東日本と協議するなどして再開の時期を検討していた。

 常磐線ではこのほか、浜吉田(宮城県亘理町)−相馬(福島県相馬市)が不通区間として残っているが、29年春までの再開を目指し復旧工事が進められている。

[3]名無しさん
03/02 02:19
避難住民への帰還=被曝の強制許さない


被曝対策など何もせず作業をさせるJR

 国交省とJRは今年3月、「常磐線再開についての見通し」を発表し、16年3月までに原ノ町―小高、17年には小高―浪江と相馬―浜吉田(宮城県)を、18年までに竜田―富岡を、富岡―浪江は「除染や安全対策が完了」したのちに開通させると宣言した。
 JR常磐線は、最も接近するところで福島第一原発から2・5`しか離れていない。そんなところに列車を走らせるとは何ごとか! 今も放射性物質が垂れ流されている原発直近を走らせるということは、乗務員や乗客に被曝させるということだ。「安全対策」などと言うが、もし再び重大事故が発生したらどうなるというのか。
 JRは来年3月の小高駅開通に向けて、急ピッチで復旧工事を行っている。しかし、その作業実態はめちゃくちゃだ。5月時点で、小高駅ではバラスト(線路の砂利)の入れ替え作業を行っているが、そこから200bほどしか離れていない線路上では除染作業が並行して行われている。除染労働者はマスクを着用しているが、JRの下請け労働者はマスクも着用していない。それは労働者個人の「被曝についての認識」の問題ではなく、「政府が安全だと言っているから安全だ」と言って被曝対策をおろそかにしているJR資本の問題である。

[4]名無しさん
03/07 18:05
小高−浪江で試運転=常磐線、月内にも再開−JR東

無理するなって





[5]名無しさん
04/01 14:10
30年早いって。


<常磐線>原発の町、戻れ古里…浪江−小高・再開

毎日新聞 4/1(土) 11:39配信

<常磐線>原発の町、戻れ古里…浪江−小高・再開

JR常磐線の浪江−小高間が再開を記念し、浪江駅で開かれた式典=福島県浪江町で2017年4月1日午前10時19分、喜屋武真之介撮影

 JR東日本は1日、東日本大震災と東京電力福島第1原発事故で6年以上不通だったJR常磐線浪江(福島県浪江町)−小高(同県南相馬市)間の運行を再開した。浪江町の全域に出た避難指示は3月末に一部解除され、駅にも客が戻った。浪江は商業の町だったが、当面の帰還者は数%とみられ、飲食店が軒を連ねて原発作業員らでにぎわった駅前商店街もシャッター通りだ。原発で盛衰を味わった町の復興は遠い。【土江洋範】

【6年ぶりに】浪江町を走る常磐線車両

 浪江町の中心市街地・権現堂(ごんげんどう)地区にあるJR浪江駅。午前10時12分、馬場有(たもつ)町長(68)らを乗せた電車がホームに到着すると、大勢の町民らが笑顔で出迎えた。再開区間は8・9キロ。沿線では地元住民が「お帰りなさい」の横断幕を掲げ歓迎した。避難先の南相馬市から乗った町出身の東海林サチ子さん(61)は「町の新たな誕生日をお祝いしたかった」と話した。

 看板が傾くスナック、入り口を塞いだ花屋……。仙台と直結し、町は復興に弾みがつくと期待するが、街に一歩入れば人はまばら。復興作業のトラックばかり目立ち、ガソリンスタンドなどがわずかに開く。帰還に向け自宅宿泊に登録した町民は解除対象人口の5%にとどまる。

 避難指示が出た浪江など双葉郡8町村は、1971年に運転を始めた福島第1原発(大熊・双葉町)が立地するまで主だった産業がない農村だった。浪江駅からは中学を卒業したての若者がSLに乗り集団就職で上京。馬場町長は「原発ができて働く場所が生まれて町民が定着し、商業も盛んになった」と話す。

 原発効果は大きく、昼は買い物客でにぎわい、夜はネオンがともる店が増えていった。権現堂地区の区長会長を務め、種苗店を経営する佐藤秀三さん(72)は「スナックなど飲食店は100軒近くあった。終電が過ぎても東電関係者や原発作業員が飲み歩き、運転代行もほとんどつかまらなかった」と振り返る。

 そんな町も原発事故で全域避難となり、若者は仕事や子育てで避難先に定着した。佐藤さんは昨年9月に町内宿泊が認められてから自宅兼店舗で暮らすものの、町民の帰還が進まず、店を再開できないでいる。

 駅から約400メートル離れた「田河輪業商会」は昨年9月に店を開けた。2代目の田河一良(いちろう)さん(77)は「他の店主が『あの人がやってんだったら俺もやってみんべ』と思うきっかけに」と願う。ただ、誰も来ない日も珍しくなく、スクーターを点検したり、テレビを見たりして時間を潰す。自転車やバイクの在庫を売り切ったら店を畳むつもりだ。

 町内で営業を始めた飲食店や商店などの事業所は約50カ所。事故前は約1000カ所だった−−。



[6]名無しさん
12/04 00:33
これ特急料金なしで乗れるよ。
少々被爆してもいいなら。




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